明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
日本人のもっとも嫌いなところ
2008年01月24日(木) 21:53
最近読んだ「売国奴」と言う本のなかで、在日の中国・台湾・韓国の方が鼎談(ていだん)されていたので、掲載します。


先ず、御三方の名前と略歴です。

黄 文雄
1938年台湾高雄州岡山郡(現在の高雄県岡山鎮)に生まれる。64年留学のために来日。早稲田大学商学部卒業後、明治大学大学院文学研究科博士前期課程修了。拓殖大学日本文化研究所客員教授。台湾独立建国連盟日本本部委員長。「中国の没落」がベストセラーに。


呉 善花
1956年韓国生まれ。大東文化大学卒業後、東京外国語大学地域研究科修士課程修了。拓殖大学国際開発学部教授。「スカートの風」がベストセラーに。


石 平
1962年中国四川省成都生まれ。84年北京大学哲学部卒業。95年神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。北京大学在学中に毛沢東の洗脳教育から目覚め、その後中国民主化運動に没頭。89年の天安門事件をきっかけに祖国中国と「精神的に決別」2002年「在日中国人」として評論活動に入る。著書に『私は「毛主席の小戦士」だった』がある。





○日本人のもっとも嫌いなところ

  黄−中国人にとって、韓国人にとって、日本人のここが嫌いだ、ここが口本人のいちばん嫌いなところだというのはどこなんでしょうね。私の場合は反日日本人が大嫌いなんです。 このタイプはもう、生理的に嫌いですね。


呉−表向きは反日をいっていて、日本人なんて大嫌いといっている韓国人でも、実際のところはそれほど嫌いじゃないんです。よくわからないまま、政治的な反日煽動によって感情的な反日心情になっていて、日本人といえば嫌いなんだと、そういうことになっている人が大部分です。

そういうこととは別に、日本人は嫌いだという人はもちろんいるんですが、いろいろと話を聞いてみますと、全部が全部といっていいほど、習慣や価値観の違いからくる誤解といっていいものなんですね。たとえば、ある韓国人が「日本人は卑屈だから嫌いだ」というので、どこが卑屈なのかと聞きますと、「日本人は何かというと、腰を折り曲げてペコペコ、ペコペコと頭を下げるでしょう」といっていました。

 ー般的には厳しく批判すべきことなのに、韓国に対してはなぜかまともに扱わずに甘いことしかいわないような日本人がけっこういるんですが、私個人としてはこういうのがとても嫌ですねえ。たとえば、『朝日新聞』のソウル特派員による記事(二〇〇六年六月二五日)なんですが、韓国が日本の知的所有権をいろいろ侵害していることに対して、きちんと批判するのではなく、やんわりと苦言をていするといった論調で紹介しながら、「知的財産の問題は日韓でみっちり話し合った方がいい」と結んでいますね。

侵害しているのが中国だったらかなりきつく批判するのに、韓国に対してことさらにそういう書き方をするのは、韓国を一人前扱いしていないからですよ。韓国を子ども扱いしてバカにしているからでしょう。まあ、そう扱われても仕方がないと思えばいいんですが、やはりとても嫌な気持ちになりますね。


石−私の場合は簡単で、中国共産党にへつらう日本人が大嫌い(笑)。日本という民主主義 国家の一市民なのに、なぜ中国共産党の前で自分を売るのか理解に苦しみます。たとえば大江健三郎がそうですね。彼は「私は民主主義以外の一切の価値を認めない」とかいうんですが、それならば北京へ行って民主主義を大いに語り、中国の非民主的教科書や人権侵害を厳しく批判したらどうなんですか?しかし彼は正反対のことをやっている。中国では絶対に民主主義の民の字も出さないんです。

以前に書いたことがあるんですが、大江健三郎は中国共産党政治局常務委員の李長春氏という民主主義を圧殺する機関のボスの前で、まるで一匹の犬のように、尻尾を思いっきこびり振って媚を売ったんです。その様子は日本では報道されませんでしたが、あの醜態が日本で放送されたら、なにがノーベル賞文化人だと強い非難を受けたはずなんですけどね。 


黄−私も大江健三郎タイプの日本人が嫌いなんですよ。なぜかというと、あの人が単に反口だからではなく、非常に偽善的だからなんですね。


  石−本当にそう、偽善的ですね。彼の思想が反日だろうとなんだろうと、それは白由だから別にいいですよ。でも私が彼を嫌いなのは、うわべを綺麗な言葉で飾って、いかにも自分が正義の味方であるかのように、善の味方であるように見せることの上手な偽善者だからなんです。

彼はね、民主主義をいくら叫んでも害のないところでは大声で叫ぶんです。そして、民主主義を許さないところでは、一所懸命に権力にへつらうんです。 


  呉−美しい日本人もいれば醜い日本人もいる。国際化以前の時代には、国際的なセンスのない日本人のことを醜い日本人といったそうですね。でも今だと、国際的であるということを中国やアメリカなどの大国の主張に同調することだと思っている日本人を、醜い日本人といえばいいかと思います。


石−そういう醜い日本人がいますね。 『朝日新聞』がまさにそうですよ。

文化大革命の時代、私の父親・母親の世代の人々が中国共産党・毛沢東の乱脈政治に心 底から苦しんでいるのに、『朝日新聞』はなんと毛沢東礼賛、文化大革命礼賛をやっての けたんですね。あの頃は、とんでもない独裁者の下で、人々は文字通りの生き地獄にいま した。でも『朝日新聞』や日本の左翼知識人たちは、民主主義を叫びながらあの独裁体制 を賛美したんです。
 




☆いや〜。容赦無いですね。 ま、当然ですが。(笑い)

大江健三郎は沖縄戦「集団自決」の訴訟でもわかるように、とてもノーベル賞に値するとは思えない人ですからね〜。 非難されて当然でしょう。

急降下振り出しへ戻る
2008年01月22日(火) 22:17
今日の日経平均752円安の12,573円。 


○振り出しへ戻った? 






上のチャートは週足のローソク・チャートです。今日の終値が何時以来かず〜っと遡って行くと05年8〜9月以来だと分かります。 そう赤い十字線の所。

この頃何が有ったかというと・・・。 「郵政解散」とそれに続く衆議院選挙で小泉構造改革の起点となった辺りです。


で、今そこまで戻ってます。 正直、あきれてます。 


07年7月29日の参議院選挙で自民党が敗退してねじれ国会が決定した時から相場の下落が決定的になったことがチャートで良くわかると思います。


それは、さらに福田内閣組閣で加速された様です。


福田と小沢に対する評価が良く現れている様です。 相場は当分良くはならんでしょう。 日本の景気もね。

窪塚に見るマナイズム
2008年01月20日(日) 23:06
『イチローに見るアニミズム』を書いたので、マナイズムに関しても書いておきたい。


○窪塚洋介9階から飛び降りるも生存の奇跡


え〜。 知っている人が多い有名な事件です。マンションの9階と言うと、高さ26メートル。 と言うことは位置エネルギーを運動エネルギーに変換して・・・。  速度を求めると・・・・。


9.8*26*m*2*=V^2   秒速22.57m   時速81.26km  



良く生きていたものです。 などと感心している場合ではない。(笑い)


普通じゃないと思っていたけど、この一件で別の意味で普通じゃないと思ったね。

つまり、「神懸かり」と言うか「憑き物」と言うてのやつです。


こういう人智を超えた超自然的な力を崇拝する事を『マナイズム』と言います。




○ラッキーコイン

『縁起を担ぐ』ってのがありますが、これを持っていると「ついてるぜ」と言うのもマナイズムです。 そう、超自然的な力を認めているわけですから。

窪塚も再び似たようなことで、奇跡的に助かる様な事があれば次は神にでも祭り上げられるかもね。(笑い)


でも、逆に悪い方も有るわけです。そう言うのが、『祟り』『呪い』になったり

『ケガレ』
部落差別に繋がっていくのですが、それは又別の機会に。




☆県南の倉敷にも雪が降った上に積もりました。何年かぶりだと思います。 明日の昼頃まで降るようです。 明日は大変だね・・・。 お〜。 さむ。
日本は何番目?
2008年01月19日(土) 22:50
お国の住みやすさは? 


Statistics of the Human Development Report

http://hdr.undp.org/en/statistics/



☆え〜。ニコラさんが既にUPされていたのですが、気になっていたので今回Upさせてもらいました。

思ったよりも日本の評価は良い? それとも悪い?


柴犬が意外だったのは、一人当たりのGDP ”GDP per capita”。



17位とは意外だ!




ちょっと前は一位だったはずだけど・・・。


オープン・ソサエティ
2008年01月18日(金) 17:10
前回の「神への諦めが民主主義を復活させた」に関連して興味深いのがカール・ポッパーの『オープン・ソサエティ』という考え方なので、これに触れてみます。 (前の記事を読むと尚理解できると思います。)



○オープン・ソサエティとは? 


”ジョージ・ソロスの世界秩序の崩壊 「自分さえよければ社会」への警鐘 ”より。

カール・ポッパーの『開かれた世界とその敵』 

カール・ポッパーによると、「ファシズム、国家社会主義、共産主義らのイデオロギーには共通性があって、どれもが先ず自分たちは現実に対する唯一有効な解釈を手中にしていると主張し、自分たちの見解に対する絶対的忠誠を要求する。 」と言うのである。

しかしながら、人間は究極的な真理には手が届かないから、これらのイデオロギーを社会に押しつけるには、権力その他の強制力を行使するしかない。 これによって、社会は結局クローズド・ソサエティになる。



☆面白いでしょう。 気がつきましたか? ”イデオロギー”を”教え”と言い換えたらどうでしょう?

「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教らの教えには共通性があって、どれもが先ず自分たちは唯一絶対な神を手中にしていると主張し、自分たちの神に対する絶対的忠誠を要求する。」


で、オープンソサエティーは何かというと。(カール・ポッパー事態は明確に定義しなかったが。)


『オープンソサエティとは、誤謬性(ごびゅうせい:人間は不完全であり必ず過ちを犯すという意味らしい)を前提として、その過ちを適宜修正することにより発展する社会。』だそうです。



*ソロスの歴史観はどうかと思うので本は薦めませんし、ソロスも好きじゃないです。(笑い)
神への諦めが民主主義を復活させた
2008年01月16日(水) 22:01
先日、イスラム教圏では民主主義が難しいという記事を書載せました。 読んで頂いた方の中には、「それじゃ同じ一神教のキリスト教やユダヤ教はどうなんだ。キリスト教は民主主義の生みの親だろう?」と思った方も多いのでは。 実は、柴犬もつい最近までそう思っていましたから。

調べてみると西洋における民主主義は、彼らが信仰を捨てる又は妥協することで成立したことが判るんだけどね。 いや、本当に。 でも、そう言う見方で歴史を見てないと見えない?


ハッキリ言います「一神教の神を捨てた所から民主主義は復活した。」 



あるいは「絶対を諦めたので、民主主義が復活した。」 (神は絶対だから)




と言うことです。復活したと書いたのはご存じの様に、古代ギリシャ・ローマで既に 民主政治と言うものが芽生えていたからです。(もちろん現在の民主主義とは異なります。)

では、どうしてギリシャ・ローマに既に存在した民主政治と言うもの欧米に起こる市民革命を経るまで成立しなかったかと言うことが疑問だったのです。 不思議に思っていた人。 いるでしょ。 多分、いると思います。

では、近代民主主義の発端となった市民革命を宗教的な面から見てみましょう。



○清教徒革命(イギリス) 絶対主義からの脱却

清教徒革命『ウィキペディア(Wikipedia)』より

清教徒革命/ピューリタン革命(せいきょうとかくめい/ピューリタンかくめい、英語:Puritan Revolution または Wars of the Three Kingdoms)は、狭義には1642年から1649年にかけてイングランド・スコットランド・アイルランドで起きた内戦・革命である。広義には1638年の主教戦争から1660年の王政復古までを含み、「大反乱」「三王国戦争」もしくは名誉革命とあわせて「イギリス革命」「ブリテン革命」とも呼ばれる。

この革命で重要なのは、「チャールズ1世は王権神授説にもとづき議会と対立」したと言うことです。つまり、王権神授説「王権は神から付与されたものであるから、王は人民に拘束されることがなく、王のなすことに対して人民はなんら反抗できない」をより所とした王側に対して議会が勝利し、王権神授説を基にする絶対主義から脱却したわけです。



○フランス革命

ベルサイユの薔薇のおかげでフランス革命を知らない人はいないけど、その意義を判っている人は多分少ない。近代民主主義の興りは『フランス革命』によるところが大なのだけど、どうも我々日本人はフランス革命と言うと、マリーアントワネットやルイ16世のギロチン処刑イメージが強くてね〜。 王侯貴族社会への反抗と思っている人が多い様ですが。 第一身分である聖職者及び第二身分である貴族に対して第三身分である平民が反乱を起こしたのであって、宗教革命としての一面が大きいのですよ。

フランス革命 キリスト教との関係 『ウィキペディア(Wikipedia)』

革命派には無神論者や「理性主義」者が多く、その信奉する教義・主義に既存の宗教の存在が邪魔なため、キリスト教は徹底的に弾圧された。当時カトリック教会の聖職者は特権階級に属していた。革命勃発以来、聖職者追放と教会への略奪・破壊がなされ、1793年11月には全国レベルでミサの禁止と教会の閉鎖が実施され、祭具類がことごとく没収されて造幣局に集められた。

エベールらは「理性」を神聖視し、これを神として「理性の祭典」を挙行した。ロベスピエールは、キリスト教に代わる崇拝の対象が必要と考え、「最高存在の祭典」を開催した。しかし、ロベスピエールが処刑され、一度きりに終わり定着しなかった。

その後もカトリック教会への迫害はしばらく続いたものの、1801年にナポレオンがローマ教皇とコンコルダートを結んで和解した。

フランス革命が落ち着くのはこの後からで、このことからも宗教色が強かったことが判ると思います。



☆市民革命に関してはもちろん宗教的な背景以外にも経済的な背景など諸々の要素がからんでいる上に諸説があって、簡単に理解できないのですが、そこを曲げて宗教的な側面から簡単に言えば上記の様になると思います。

一神教徒の言う、「唯一にして絶対の神」はいない。 だから、「絶対的な権力を認めずに、みんなでやろう。」となったのが民主主義の復活につながったわけです。 

どう思いますか? 納得いきませんか?

それじゃ、次回はもう少し歴史をさかのぼって、「一神教の神」が民主主義を追い出した状況を見てみましょう。

ポストモダン中庄団地
2008年01月14日(月) 17:06
ずいぶん以前にYamaちゃんから頼まれていた、中庄団地にあるステキな建物を写しにいきました。(かなり以前だったから忘れているかもしれない。)

しゃれたデザインなので前を通るたびに気にはなっていたのですが、車を止めるのが億劫でなかなか撮ることが出来ませんでしたが、昼飯ついでに撮りました。









☆最初に見たときには、ポンピドゥー・センターで見た黒川紀章氏のメタボリズムを思い出しましたが、代謝は出来ない様なのでメタボリズムとは言えないでしょう。(普通無いって。代謝の出来る建築物なんて。) で、ポスト・モダン建築と言っていいのかな?  建物の正式な名称は知りません。 中庄団地には他にもステキなデザインの集合住宅が有るようなので、また天気の良い日にでも散策しに行きたいと思ってます。


いかんせん今は寒いです。(笑い) 


県南に住んでいて、「寒い」などと言えば県北のYamaちゃんに怒られそうだけどね。


○場所はここら辺です。
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=34.60963889&lon=133.79308389&sc=5

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