明るく、楽しく、嫌らしく。 難しい事は易しく。 重い話題は軽くさばきます。 syn3の私的覚書きです。
八路軍万歳
2009年10月18日(日) 19:02
☆先日、約一月間の中国の黄河流域旅行から帰ってきた記号君と玉野のチエミさん宅で会って土産話をする機会があった。( 彼は主に北京から西安までの過去の中国王朝古都や史跡を見て廻ったのです。)


そんな彼が、「syn3。 中国ではどんな安宿で部屋にシャワーやトイレが無くてもテレビは必ずあるんですよね。 テレビでは毎日中共軍が日本軍と戦う番組が放送されていて、日本軍は日本語でちゃんとしゃべっているから僕でも内容を理解出来るんです。 で、見ていると次のような会話がでてくるんです。『(焦った声で)指令、敵を攻撃していますが今回は逃げません。 なんででしょう。 あ、八路軍だ!』 僕が大笑い。皆さんここは笑うところですよ。


つまり、国民党軍(蒋介石の軍)は逃げるけど八路軍(毛沢東の軍)は逃げずに戦ったと放送しているわけです。いわゆる洗脳教育ですよね。 で、笑えなかった人は以下を参照してください。




○Wikiより  ”八路軍はゲリラ戦を主に担当していたことから、正確な戦果は把握できないが、1944年までの戦果報告によると作戦行動は7万4千回、敵兵(日本兵及び満州国軍兵)79万人を殲滅したと主張している。しかし、日本軍の日中戦争全期間中の全戦死者数は戦病死も含めて約40万人(それも中国国民党軍との戦闘による死者がほとんど)であり、また満州国軍にいたっては、戦死者どころか全兵力でも7万人強(1935年当時)しかいないことから考えると、八路軍がそのような戦果を挙げたとは到底考えられない。この数字は明らかに政治的なプロパガンダと考えられる。

しかし、2008年現在、中国国内では繰り返しこのような教育が行われており、共産党政府が樹立した以降に誕生した国民は「中国は日本に戦闘で勝利した」と信じている様子が見て取れる。”


実際、日本軍と戦っていたのは蒋介石の国民党軍で八路軍は逃げてばかりで日本軍と正面切って戦ったという記録はほぼ無いでしょう。(その国民党軍も逃げが多かったが。) それがいつの間にか八路軍が逃げずに戦っていたとは・・・ 。 水戸黄門クラスのフィクションですね。(笑い)



記号君、付け加えることが有ったらコメントよろしく。


朝貢外交復活
2009年10月08日(木) 21:39
ダライ・ラマ訪日を受けて、岡田克也外相「(現内閣の閣僚からは、同氏との)会見の予定はない」[10/08]


ダライ・ラマ訪日も、閣僚による会見なし―日本 2009年10月7日、仏AFP通信によると、チベット仏教の指導者ダライ・ラマ14世が今月末に 来日するとされているが、これを受けて岡田克也外相は 「(現内閣の閣僚からは、同氏との)会見の予定はない」とした。環球時報の報道。

AFP通信の報道では、ダライ・ラマ14世は今月30日から10日間の日程で訪日すると見られる。 現閣僚による同氏との会見予定を聞かれた岡田外相は「そのような予定はない」と発言した。

ダライ・ラマ14世は今月5日より、5日間にわたり訪米。しかし、オバマ米大統領との会見は 実現しなかった。過去18年間で、同氏がワシントンを訪問して米大統領と会見しなかった 例はなかったという。(翻訳・編集/愛玉)

http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=36039









☆オバマがダライ・ラマ氏と会見しなかったのは11月に予定されている訪中の為で訪中後に会見を持つのではと言われています。 しかし、今回ダライ・ラマ氏と会わなかったことでオバマは国内でかなり批判された様です。


以前より中国様々の岡田外相ですから今回の発言は予想された通りですが、友愛と良いながら現在進行形の迫害には抗議もせず知らん顔とは彼らの言う「友愛」が何を意味するか理解できると言うものです。


「地獄への道は善意が敷き詰められている。」と言われますが、「没落の道は友愛が敷き詰められている。」と言う事のようです。


そろそろ彼らのやっていることをよ〜く考えて見ましょう。



爆弾テロリスト
2009年10月07日(水) 09:30
愛国志士カン・ユングク先生死去 1945年ソウル府民館で爆弾2個を投擲

http://news.donga.com/photo/news/200910/200910050097.jpg

日帝強占期に日帝要人たちが参加した行事場所に爆弾を投擲した愛国志士 カン・ユングク先生(写真)が3日午前亡くなった。享年83歳。1926年ソウルで 生まれた先生は1945年5月秘密結社の大韓愛国青年党を組織して抗日運動を 行って、同年7月24日ソウル府民館で開かれた亜細亜民族憤激大会に参加した 朝鮮総督と親日派人士に向かって私製爆弾2個を投げて集会を霧散させた。 遺族は夫人のキム・ウォンスン女史と2男2女がいる。殯所はソウル報勲病院で 出棺は5日午前7時。葬地は国立大田燎忠園愛国志士4墓地。

▲東亜日報(韓国語)2009/10/05
애국지사 강윤국 선생 별세
愛国志士カン・ユングク先生別世
http://news.donga.com/fbin/output?f=g_s&n=200910050097&main=1

■Wikipedia(日本語)
京城府民館事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/京城府民館事件











☆え〜。テロリストでしょう。(笑い)

「関東大震災」の時にも書いたけど、あの時も爆弾を投げる朝鮮人が沢山いて、そのため自警団が作られたわけですが・・・。

記事にもあるように、当時朝鮮に親日派がいたと言うか大半がそうだったわけで、独立派は少数派だった訳ですよ。 何所の国にも少数の反政府活動がいるモノなので、それを基準に全体がそうで有るように言うのは単なるプロパガンダでしょう。


まあ、韓国に限らず北朝鮮や中国では一般的ですがね。 ハイ。
中国国債
2009年10月05日(月) 20:15
■世界の金融界は円高より中国の国債に注目している ー宮崎正弘氏−

人民元建て中国国債を、しかも香港で売り出した。空前の60億元。投資家からどれだけの人気が集まるだろうか?中国国債を中国いがいの国や地域で発行するのは初めて。香港は特別行政区とはいえ、独自の行政長官、基本法があり、法律が異なり、表現の自由が残存し、いやなによりも、香港は国際金融センター。それゆえに中国は香港を大事にしてきた。その香港で、中国は赤字補填のための国債を人民元建てで発行する。

一、二年物国債利率は2・25% 三年物が2・7%。いずれも国内より高い金利が設定されている。(中国本土の利率はそれぞれ、1・82%,2・31%)

二、「国債」であるからには中国政府が元本保証と思いきや、これは政府保証がつかない(そんなことあり? あるんです。中国ではナンデモアリですから。券面にはこう謳われている。「満腔の誠意と中国政府への信頼とで」。この謳い文句、米ドルの券面を思い出しますね。「IN GOD WE TRUST(神を信ずるのみ)」ですから)。80年代前半から中国の地方債を日本の邦銀は3000億円近く引き受けた。地方政府が保証するとばっかりおもって買いまくり、結局デフォルト。地方政府は知らん顔だった。日本の銀行は大損害を被り、爾後、中国の儲け話には基本的に乗らない。

三、誰が買うのか?いまのところ幹事行が中国銀行と中国交通銀行。誰がいくら買ったかは顧客情報だから秘密の上、香港で人民元口座をもつ個人か機関しか購入できない。結局、いくら売れ、いくら売れ残ったかの公開は10月22日になる。それまでは誰が買っているか、外国の機関投資家がどれだけ買っているかの情報は伝わらない。

肝要なことは、これは人民元を国際カレンシーの仲間入りになるか、どうかの試金石でもあり、売り切れになれば、いよいよ人民元がアジア全域で通用する時代の幕開けである。もし売れ残れば(今年二回、中国国債は売れ残った)、表向きの「中国の時代」という勇ましさとは別に、世界からの信頼はまだ薄いという実態を映し出すことになる。結果の公表が待たれる。日本のマスコミは円高のことばかり報じているが、いま世界が注目しているのは人民元の挑戦である。






☆ちょっと前に宮崎氏のメールに書かれていたものです。 しかし、政府が保証しない国債って何なんでしょうかね? 正直、あきれました。

後気になったのが人民銀行のバランスシートなんですが、調べて見ると人民近郊の債権の4分の3は外国債で、残りは何と人民銀行債の様です。 米国のFRBや日本の日銀では銀行の債権発行を禁じてますが(今回の経済危機で債権を発行しようという話はある。)中国はOKの様です。


先進各国では自国の中央銀行は紙幣の発行は認められているが、債権の発行は認められていないのが普通だと読んだ記憶がある。 理由は確か、自分の所で債権を発行してその金で紙幣を発行すると紙幣価値の裏付けが無くなり貨幣価値の低下を招くためだったと思う。


人民元の価値は今の所外国債(通貨)によって保証されているようだが、人民銀行が多量の債権を発行した時にどうなるかは注意してなまあたたかく見守りたい。(笑い)
「日本には出来まい。」
2009年10月02日(金) 21:24
○中華人民共和国が60周年を迎えた。  朝日新聞

 「中国は世界の東方にそびえ立っている。社会主義だけが中国を救い、改革開放こそが中国を発展 させた」

 胡錦濤国家主席は、毛沢東が建国を宣言した天安門楼上で約20万人を前に演説し、10年ぶり の軍事パレードを閲兵した。孫文が好んだ黒い礼服姿は、毛、トウ(登におおざと)小平、江沢民の 各氏に続く、共産党第4世代の指導者としての自負を見せつけた。

 パレードでは、米国全土を射程に収めるとされる大陸間弾道ミサイル「東風31A」や、ロシアの戦闘 機をもとにした「殲(せん)11」など国産の最新兵器を多数披露し、軍事力の充実を誇示した。

 無謀な増産計画で数千万人ともいわれる犠牲者を出した大躍進や、それに続く文化大革命など 幾多の混乱を経て、中国は約30年前に改革開放にかじを切った。

 そして今、日本を抜いて世界第2の経済大国になる日は近い。同時不況からも、大胆な経済対策 で真っ先に回復しつつある。富国強兵の道をまっしぐらに突き進もうとしているようだ。

 世界は米国の一極支配から多極化への歩みを速めている。存在感を高める中国経済に、米国も 日本も欧州も緊密に結びついている。

 半面、軍事力の強大化に世界は懸念と危惧(きぐ)を深めている。日本にとっても重い現実である。 強引な資源獲得戦略が各地であつれきも呼んでいる。

 一方で中国は、大国の責任を果たそうという意欲も見せる。

 胡主席は、一連の国連の会議やG20の場で「気候変動への対応を発展計画に組み入れ、強力な 措置をとる」「核軍備競争に加わらず、国際的な核軍縮プロセス推進に努める」などと述べ、国際協調 を重視する姿勢を示した。

 しかし、外の世界への自信に満ちた振る舞いと、国内の不穏な空気との落差は尋常ではない。

 経済成長に伴う利権をめぐり、党員による権力の乱用や腐敗が絶えない。賃金不払いや土地収用 をめぐる紛争が頻発しているが、司法や行政は十分に機能しない。国民の不満は、各地で当局との 衝突を生んでいる。

 新疆ウイグル自治区やチベット自治区では、民族紛争が収まりそうもない。テロへの警戒だとして、 当局の締め付けは強まるばかりだ。

 穏やかならぬ状況で迎えた建国記念日である。当局は祝賀行事から一般市民を締め出し、会場 周辺のビルやホテルも立ち入りが厳しく制限された。厳戒のなかでの祝賀は、中国社会の深まる矛盾 を映し出している。

 中国が内外に示すべきなのは法治であり、人々が大切にされる調和のとれた社会である。その方向 への脱皮の努力があってこそ、東アジア共同体の夢をともに語れる国になるに違いない。

http://www.asahi.com/paper/editorial20091002.html







☆朝日新聞にしては中国に対してまともなことを書いて有るなと思ったが、良く読むと、「無謀な増産計画で数千万人ともいわれる犠牲者を出した大躍進や、それに続く文化大革命など」(下線の部分)って、文革じゃ犠牲者がいない見たいに書いてますね。 本来「無謀な増産計画大躍進や、それに続く文化大革命で数千万人ともいわれる犠牲者を出した〜」でしょう。


少ない見積もりで約3000万人。多い方で約7000万人ですからね。 数千万という書き方はどうかと思うが。


ところで知り合いの中国人が「こんなパレード日本には出来ないだろう。」と言って日本人の婦人と口げんかになったらしいが、今時軍事パレードを誇らしげにやる先進国なんて無いよ。 やってるの、ロシアと中国くらいだろう。



政治問題って・・・
2009年09月29日(火) 07:03
○岡田外相は28日午後、上海市内のホテルで中国の楊潔(ようけつ)チ外相と会談し、 鳩山首相が提唱している「東アジア共同体」の実現に両国が努力する考えで一致した。 (「チ」は竹かんむりに「褫」のつくり)

また、東シナ海のガス田問題で、岡田外相は中国の単独開発の懸念が指摘されている 白樺(中国名・春暁)ガス田を巡る中国側の動きに懸念を表明した。楊外相は「大きな 日中関係の枠組みの中で解決したい」と述べるにとどめた。

 一方、中国製冷凍ギョーザによる中毒事件に関し、岡田外相は「主婦レベルで不信感が 高まっている」と早期解明を要請。楊外相は「政治問題化はよくない。質の高い中国食品 を楽しんでもらいたい」と語った。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090928-OYT1T00919.htm








☆「毒入り餃子問題」を「政治問題」と呼ぶなんてね。 彼らの考え方がよ〜く分かる対応ですね。

日本も「南京事件を政治問題にするのは良くない。」「靖国を政治問題にするのは良くない。」っていってやりましょう。

あ、あ。 岡田さんはチベットやウィグル自治区を中国の内政問題として認めちゃっているからね。 中国様々か。(笑い)



南京無視
2009年09月27日(日) 11:00
新たな抗日記念館オープン 中国南京市

 中国国営新華社通信によると、抗日戦争で戦死した中国国民党の空軍パイロットや、 対中支援のため参戦し死亡した米軍などのパイロットらの功績をたたえる 「南京抗日航空記念館」が26日、中国江蘇省南京市にオープンした。

 旧日本軍による南京占領から70年の2007年12月13日には、 南京大虐殺記念館が面積を拡張して再オープンしており、 新たな抗日記念館開館で南京の「愛国主義教育基地」としての機能が強化される。

 抗日航空記念館の建築面積は約2千平方メートルで、 「勇猛抗戦」「国際支援」など四つの展示室を設置。当時の空中戦の状況について 紹介しているほか、パイロットの遺品も多数展示されているという。

産経新聞(共同) 2009.9.26
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090926/chn0909262051003-n1.htm







☆ここに書かれている「米軍パイロット」とは義勇軍登録のフライングタイガーのことですね。日本との戦争になる以前に中国に派兵する口実として義勇軍とされた部隊で資金は米国軍からでており、実質米国軍です。 実際、近年当時に遡って米国軍として認められています。

つまり、米国が対日戦争を決意していたことがよーく分かります。


いわゆる「南京大虐殺」にしても中国共産党のプロパガンダであって否定する記録はいくらでもあります。 例えば次の様な記録dす。



◆南京安全区委員会
寧海路五号
一九三八年一月十七日
南京日本帝国大使館御中
福井氏の考慮を乞う
(略)
追伸 今朝この手紙を書いたのですが、その後、昼になって、(1)の点に関しては、日本軍当局が自治委員会に対して米一〇〇〇袋を割当てたこと、 その引き渡しが今朝始まったことを知りました。
この量が早急に一日米一○○○袋に増量されて、二五万人の需要をもっとよく満たすことができるようになるものと信じます。 (略)

南京安全区委員会委員長 ジョン・H・D・ラーベ


○これは、南京陥落(1938年12月13日 当時の人口は約20万人) その約1ヶ月後(1月17日)、南京の安全区(難民区)の国際委員会(南京安全区委員会)から、 約25万人分の食糧の要求が、日本大使館にあったと言う事です。 

南京陥落後30万人が殺された同じ場所に、陥落時より多くの人が入城しているのは何ででしょうね???? 中国共産党は特殊な算術を使うようです。


他にも、南京再開発の祭にも当時埋められた30万人もの遺骨が出てこないのも不思議なことですね〜。 (棒読み) 

30万人もの同胞が殺されている時中共軍は何をしてたんでしょ???

南京記念館に展示されている多くの人骨をさらし者にしているのを見ると中国人には同胞に対する愛なんて無いようですね。 日本だったら無縁墓地を造って弔いますがね・・・。 遺族もいないようだしね。

まあ、おかしいところは沢山ありますが後に引けないので言い張っているようですが、いつまで言い張れるでしょうかね?


◆昭和12(1937)年12月17日撮影(南京陥落4日後)
日本軍から菓子や煙草の配給を受け喜んで日本軍の万歳を叫ぶ南京の避難民
http://www.history.gr.jp/~nanking/jan02.html

◆昭和12(1937)年12月22日撮影(南京陥落9日後)
日本兵が難民区内の避難民にお菓子を分配している様子
http://www.history.gr.jp/~nanking/ dec24-1.html





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